無線LAN ― 2009/05/04
我が家のパソコン置き場を変更することになり、これを機にLANケーブル接続を「無線」化することを目論みました。
今までは、2階にファイバーを引き込んでいたので、そこで(有線)ルーターで受け、1階へケーブルを配線していました。狭い家ではありますが、部屋を越えるとなると、壁を貫通させてパテ埋めしたところもキチンとやり直したい誘惑があります。そうすると、せっかくなので(有線環境でも)ルーターを「ギガ」対応、LANケーブルもCAT6に変更、ハブも性能アップ、できれば「平型ケーブル」で壁に穴を開けたくない・・・などなど。最近はPC系にパワーをかけていないので、いわゆる「面倒臭い」ことはやめよう、、、という大方針です。
そこで、「無線」ルーターを大元につなぎ、2階の分は有線ハブ機能で処理、1階分を無線で飛ばそうとしました。
購入品は写真の通りです。・・・この機種選定が結果的に「不成功/失敗ではないが・・・」構想変更のきっかけになりました。
1号機に親&子機を設定、3号機に子機を設定しました。やり方が分からないので、説明書の通りに「親機本体のスイッチを押す」時には、大急ぎで2階に上がっていってボタン押し、戻って子機との通信確認と設定を行う、という作業を行いました。1回ではうまくいかなかったのと、無線通信状態が安定していない(と信じている)ので、階段を何回も上り下りしました。
で、やっとそれぞれの「親子」が接続されたのですが、1号機の受信性能がどうしても不安定です。3号機と位置を替えたり、子機を入れ替えたり、初期設定の不良かとドライバーを入れ直したり、いろいろやってみましたが、「つながっている」という最低条件が満たされているだけで、ネットサーフィンに待ち時間がでる羽目になりました。
対策としてやってみたのは、USB接続なので、ケーブルで延長して、親機と子機とを近づけようとしました。
翌日3mのUSB延長ケーブルを購入。 ・・・無線の強弱よりも、ケーブルによる減衰の方が上回っているのか、「直刺し」よりも(通信強弱)数値が下がってしまい、トホホ状態に。。 2台分の延長ケーブルはそのまま部品ケース行きとなりました。
ん~~、、いっそのこと無線をやめて、LAN再配線を決意しかけましたが、「不燃物」ばかり増やしてもアカン、、ということで、少しは期待していた「高速化」は棚上げして、2階ルーターもそのままにして、現有資産を最大限利用する、1階と2階との接続は有線(丸形CAT5Eケーブル)のまま、としました。 ・・・ただ追加するだけなので分かり易い・・・ ちょっと悔しい・・・ あと5千円高い同型機種が店頭には有りましたが、店員との話で、通信距離が3m程度延び(パッケージに比較表があった)ても一定以上に飛ぶ必要は無いだろう、と結論しました。 ・・・高いグレード品だったら、2階と1階とはすんなり(高速に)接続できたかも、という悔しさです。
1階に無線ルーターを置き、そこから子機との通信設定を行い、初期設定数値「32」が「50」まで上がりました。体感的に今まで通りの操作感が戻りましたので、これで良しとしました。
今までは、2階にファイバーを引き込んでいたので、そこで(有線)ルーターで受け、1階へケーブルを配線していました。狭い家ではありますが、部屋を越えるとなると、壁を貫通させてパテ埋めしたところもキチンとやり直したい誘惑があります。そうすると、せっかくなので(有線環境でも)ルーターを「ギガ」対応、LANケーブルもCAT6に変更、ハブも性能アップ、できれば「平型ケーブル」で壁に穴を開けたくない・・・などなど。最近はPC系にパワーをかけていないので、いわゆる「面倒臭い」ことはやめよう、、、という大方針です。
そこで、「無線」ルーターを大元につなぎ、2階の分は有線ハブ機能で処理、1階分を無線で飛ばそうとしました。
購入品は写真の通りです。・・・この機種選定が結果的に「不成功/失敗ではないが・・・」構想変更のきっかけになりました。
1号機に親&子機を設定、3号機に子機を設定しました。やり方が分からないので、説明書の通りに「親機本体のスイッチを押す」時には、大急ぎで2階に上がっていってボタン押し、戻って子機との通信確認と設定を行う、という作業を行いました。1回ではうまくいかなかったのと、無線通信状態が安定していない(と信じている)ので、階段を何回も上り下りしました。
で、やっとそれぞれの「親子」が接続されたのですが、1号機の受信性能がどうしても不安定です。3号機と位置を替えたり、子機を入れ替えたり、初期設定の不良かとドライバーを入れ直したり、いろいろやってみましたが、「つながっている」という最低条件が満たされているだけで、ネットサーフィンに待ち時間がでる羽目になりました。
対策としてやってみたのは、USB接続なので、ケーブルで延長して、親機と子機とを近づけようとしました。
翌日3mのUSB延長ケーブルを購入。 ・・・無線の強弱よりも、ケーブルによる減衰の方が上回っているのか、「直刺し」よりも(通信強弱)数値が下がってしまい、トホホ状態に。。 2台分の延長ケーブルはそのまま部品ケース行きとなりました。
ん~~、、いっそのこと無線をやめて、LAN再配線を決意しかけましたが、「不燃物」ばかり増やしてもアカン、、ということで、少しは期待していた「高速化」は棚上げして、2階ルーターもそのままにして、現有資産を最大限利用する、1階と2階との接続は有線(丸形CAT5Eケーブル)のまま、としました。 ・・・ただ追加するだけなので分かり易い・・・ ちょっと悔しい・・・ あと5千円高い同型機種が店頭には有りましたが、店員との話で、通信距離が3m程度延び(パッケージに比較表があった)ても一定以上に飛ぶ必要は無いだろう、と結論しました。 ・・・高いグレード品だったら、2階と1階とはすんなり(高速に)接続できたかも、という悔しさです。
1階に無線ルーターを置き、そこから子機との通信設定を行い、初期設定数値「32」が「50」まで上がりました。体感的に今まで通りの操作感が戻りましたので、これで良しとしました。
捨てるもの CDプレイヤー ― 2009/05/06
パソコン移動に伴って、いろいろなものが出てきました。ほかにもPC部品として物置にも放り込まれていたり、別の部屋で箱ごと放置されていたりするものもたくさんあります。
割と音楽を聴く(クラシックコンサートのイメージではなく、流行の音楽をそれなりに)機会は多い方だと思います。
8トラックテープのカーステレオ、カセットテープ、CD/MD、ミュージックプレイヤー(iPOD類や携帯電話付加機能など)に合わせて、都度にハードウェアも変化してきました。
シングルレコード盤を買えなかった頃、FMラジオ放送のプログラム放送を待って録音し、それらを集めて編集して「MyMUSIC」としていました。・・・そうそう「ラジ・カセ」のまだ分離状態の頃ですね・・・
今ではネットで気に入った曲のみをダウンロードすることが当たり前でしょうが、ワシはまだCD/DVDを買っています。その曲の背景やポリシーを知りたいし、なんといっても歌詞が分かりますので。でも、アルバム1枚の中に、繰り返し聴きたい曲はせいぜい2曲あればいい方ですね。
写真のようなCDプレイヤーなどは、“あるといいな”と思って買いましたが、今では利用場面がなくなってしまいました。出張したときの稼働、せいぜい10時間程度です。高価なものではありませんが、なんか貧乏癖で、ちゃんと動くものを「すぐ捨てられない」のです。
部屋にも「CD・MDステレオ/SONY」がありますが、そのスピーカーから音が出たのは、1年で何回あったのだろう・・・
割と音楽を聴く(クラシックコンサートのイメージではなく、流行の音楽をそれなりに)機会は多い方だと思います。
8トラックテープのカーステレオ、カセットテープ、CD/MD、ミュージックプレイヤー(iPOD類や携帯電話付加機能など)に合わせて、都度にハードウェアも変化してきました。
シングルレコード盤を買えなかった頃、FMラジオ放送のプログラム放送を待って録音し、それらを集めて編集して「MyMUSIC」としていました。・・・そうそう「ラジ・カセ」のまだ分離状態の頃ですね・・・
今ではネットで気に入った曲のみをダウンロードすることが当たり前でしょうが、ワシはまだCD/DVDを買っています。その曲の背景やポリシーを知りたいし、なんといっても歌詞が分かりますので。でも、アルバム1枚の中に、繰り返し聴きたい曲はせいぜい2曲あればいい方ですね。
写真のようなCDプレイヤーなどは、“あるといいな”と思って買いましたが、今では利用場面がなくなってしまいました。出張したときの稼働、せいぜい10時間程度です。高価なものではありませんが、なんか貧乏癖で、ちゃんと動くものを「すぐ捨てられない」のです。
部屋にも「CD・MDステレオ/SONY」がありますが、そのスピーカーから音が出たのは、1年で何回あったのだろう・・・
ツーリング 厳立峡 ― 2009/05/07
ゴールデンウィーク開始からうずうずしておりましたが、所用があったりメンバー参加の調整があったりして、最終的には5月5日(火)に無理矢理出かけました。無理矢理というのは、午後から雨降り濃厚であったからです。メンバーの参加調整もままならず、結局ハーレー/883のMさんとワシだけで出かけました。
コースは木曽路北上~御岳開田高原~乗鞍鈴蘭高原~飛騨小坂厳立峡(ここが目的地)~以後成り行き、、としました。
高速道路の混雑が予測されましたが、中央高速道中津川ICまで特に問題なく進行。国道も特に不都合はありませんでした。山道に入ってからも、曇天が気がかりなだけで、時折には日射しもありました。
経由地は予定通り、厳立峡では温泉にも入り、昼食もその温泉設備併設食事処でいただきました。
ワシは「温泉お粥セット」、Mさんは「ケー(鶏?)ちゃん定食」でした。
http://www.hida-osaka.com/%E5%B7%8C%E7%AB%8B%E5%B3%A1%E3%83%BB%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%A0%E3%81%A6%E5%85%AC%E5%9C%92
http://himesyagaspa.web.fc2.com/
その後、飛騨金山から郡上八幡への山道を進行し、とうとう「雨中走行」となりました。Mさんは最初からカッパを着込んでいましたが、ワシは「晴天用装備」でしたので、辛抱できずにカッパを着ました。・・・このバイク用カッパは初めて着るもので、まだ商品タグ(値札)が付いたままでありました。(今まで雨降りでも、冬用の防寒(防雨?)ジャケットのお蔭でカッパを着ることはなかった)
顔面もオープンヘルメットにサングラスでしたので、シールド付きのヘルメットにすれば良かった・・・。
Mさんのハーレー/883はタンク以外はちょこちょこカスタムされていて、音もいい感じです。・・・道中には多くのトンネルがありましたが、相当迫力がありました。
雨中走行ではひたすらスリップに注意して、郡上八幡ICから高速道路を利用し、思ったよりも時間がかかり、東海北陸道一宮ICに到着は17時30分頃でした。
メーターでの走行距離は385kmでした。
コースは木曽路北上~御岳開田高原~乗鞍鈴蘭高原~飛騨小坂厳立峡(ここが目的地)~以後成り行き、、としました。
高速道路の混雑が予測されましたが、中央高速道中津川ICまで特に問題なく進行。国道も特に不都合はありませんでした。山道に入ってからも、曇天が気がかりなだけで、時折には日射しもありました。
経由地は予定通り、厳立峡では温泉にも入り、昼食もその温泉設備併設食事処でいただきました。
ワシは「温泉お粥セット」、Mさんは「ケー(鶏?)ちゃん定食」でした。
http://www.hida-osaka.com/%E5%B7%8C%E7%AB%8B%E5%B3%A1%E3%83%BB%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%A0%E3%81%A6%E5%85%AC%E5%9C%92
http://himesyagaspa.web.fc2.com/
その後、飛騨金山から郡上八幡への山道を進行し、とうとう「雨中走行」となりました。Mさんは最初からカッパを着込んでいましたが、ワシは「晴天用装備」でしたので、辛抱できずにカッパを着ました。・・・このバイク用カッパは初めて着るもので、まだ商品タグ(値札)が付いたままでありました。(今まで雨降りでも、冬用の防寒(防雨?)ジャケットのお蔭でカッパを着ることはなかった)
顔面もオープンヘルメットにサングラスでしたので、シールド付きのヘルメットにすれば良かった・・・。
Mさんのハーレー/883はタンク以外はちょこちょこカスタムされていて、音もいい感じです。・・・道中には多くのトンネルがありましたが、相当迫力がありました。
雨中走行ではひたすらスリップに注意して、郡上八幡ICから高速道路を利用し、思ったよりも時間がかかり、東海北陸道一宮ICに到着は17時30分頃でした。
メーターでの走行距離は385kmでした。
捨てるもの MOドライブ ― 2009/05/08
PC移動に伴ってシリーズの続きです・・・結構あります。
230MB対応MOドライブです。当時の規格では、128-230-640MBで、ややもしてから1GB規格も出てきました。SCSI-Ⅱインターフェイスで、もちろんPCスロットにオプションボードを刺してつなげていました。元は「外付け仕様」ですが、ばらして「内蔵仕様」にしました。今時のUSB規格とは異なり、接続するSCSI機器の「番地?順番?」を決めてあげて(ロータリーセレクトスイッチが付いている)、最後の機器のコネクタには念のため「終端ターミネーター」なるものをカチッと。。 SCSI機器の接続は最大8台までだったかな・・・。
今後には2台は不要なので、1台廃棄します。MOディスク自体も、メディアとしてはもう数枚しか残っていません。また、友人のPCで「MOドライブ」を積んでいる機械はないでしょうし。(・・・会社のデザイン関係部署ではまだMOの利用はあるらしいです。)
なにより、レガシィインターフェイスとして、BIOS立ち上げのときにドライバを参照しに行きます。わずか2秒程度ですが、余計な読み込みか、、とも思った次第です。
CD(R/W)の出現の前で、当時は「FD何枚分」という考え方をしていました。
外付けHDDの容量の単位がまだ「MB」だった頃の名残であります。
230MB対応MOドライブです。当時の規格では、128-230-640MBで、ややもしてから1GB規格も出てきました。SCSI-Ⅱインターフェイスで、もちろんPCスロットにオプションボードを刺してつなげていました。元は「外付け仕様」ですが、ばらして「内蔵仕様」にしました。今時のUSB規格とは異なり、接続するSCSI機器の「番地?順番?」を決めてあげて(ロータリーセレクトスイッチが付いている)、最後の機器のコネクタには念のため「終端ターミネーター」なるものをカチッと。。 SCSI機器の接続は最大8台までだったかな・・・。
今後には2台は不要なので、1台廃棄します。MOディスク自体も、メディアとしてはもう数枚しか残っていません。また、友人のPCで「MOドライブ」を積んでいる機械はないでしょうし。(・・・会社のデザイン関係部署ではまだMOの利用はあるらしいです。)
なにより、レガシィインターフェイスとして、BIOS立ち上げのときにドライバを参照しに行きます。わずか2秒程度ですが、余計な読み込みか、、とも思った次第です。
CD(R/W)の出現の前で、当時は「FD何枚分」という考え方をしていました。
外付けHDDの容量の単位がまだ「MB」だった頃の名残であります。
捨てるもの 古いPC電源 ― 2009/05/11
PC移動に伴ってシリーズです。
今でこそ「つぶれた」・・(本当は活動縮小だけかもしれず、関係者の方すみません)・・・ようなAOPENですが、当時は日本向けのマザーボードなども販売して、ASUSやGIGABYTEよりも元気が良かったと思います。PCの本質ではない、真空管サウンド機能のボードは、つい最近までワシもつかっていました。 ・・・いま、客観的に考えると、この真空管サウンドは笑える。(なんかほのぼのとはしてますよね)
ワシの勘違いかもしれませんが、GIGABYTEはそのころAMDソケットのシェアがほとんどではなかったかと思います。INTELブランドのマザーボードが出るかも、、というニュースが話題になった頃です。(今はINTEL製のボードは各種、選べるほどに揃っています)
写真の電源は、ケースに付属していたものでしょうか、12Vの定格は足りてはいますが、いかにもコネクタが不十分です。変換ソケットでもなんとかなるのでしょうが、今では標準(ではないかも)の、ビデオカード用電源とか、SATAコネクタとかが無く、古さを感じさせます。
特にこれからのHDD/SATAの速度恩恵は、ATA133をSATAに偽装するという(本末転倒な)既存機器利用の誘惑を押しのけてくれるものです。 ・・・と思いこんでいます。メールとウェブ閲覧だけなら、この速度差は無関係ですけど。
電源にも品質劣化がある、というような記事を見たことがありますが、埃が詰まって冷却効率が落ちると、電源そのものが疲弊するようなイメージで、徐々にどうかなるものかしらん・・・ CPU冷却要因で、動作が不安定になるとかはよくある話でしょうが、通電発熱などは(耐熱)安全限界のナンボもいかないんじゃないかなぁ。
ともあれ、ビデオカードを替えたときに、その電源が必要になるとのことで廃品となりました。
今でこそ「つぶれた」・・(本当は活動縮小だけかもしれず、関係者の方すみません)・・・ようなAOPENですが、当時は日本向けのマザーボードなども販売して、ASUSやGIGABYTEよりも元気が良かったと思います。PCの本質ではない、真空管サウンド機能のボードは、つい最近までワシもつかっていました。 ・・・いま、客観的に考えると、この真空管サウンドは笑える。(なんかほのぼのとはしてますよね)
ワシの勘違いかもしれませんが、GIGABYTEはそのころAMDソケットのシェアがほとんどではなかったかと思います。INTELブランドのマザーボードが出るかも、、というニュースが話題になった頃です。(今はINTEL製のボードは各種、選べるほどに揃っています)
写真の電源は、ケースに付属していたものでしょうか、12Vの定格は足りてはいますが、いかにもコネクタが不十分です。変換ソケットでもなんとかなるのでしょうが、今では標準(ではないかも)の、ビデオカード用電源とか、SATAコネクタとかが無く、古さを感じさせます。
特にこれからのHDD/SATAの速度恩恵は、ATA133をSATAに偽装するという(本末転倒な)既存機器利用の誘惑を押しのけてくれるものです。 ・・・と思いこんでいます。メールとウェブ閲覧だけなら、この速度差は無関係ですけど。
電源にも品質劣化がある、というような記事を見たことがありますが、埃が詰まって冷却効率が落ちると、電源そのものが疲弊するようなイメージで、徐々にどうかなるものかしらん・・・ CPU冷却要因で、動作が不安定になるとかはよくある話でしょうが、通電発熱などは(耐熱)安全限界のナンボもいかないんじゃないかなぁ。
ともあれ、ビデオカードを替えたときに、その電源が必要になるとのことで廃品となりました。
捨てるもの PCケーブル ― 2009/05/12
PC移動に伴ってシリーズ、、
マザーボードの付属品だったり、ドライブの付属品を「長い」ものに交換したり、エアフローの効率化などで、初期の「平型」が余っています。
まして、今後はSATA規格のケーブルに変化していくでしょうから、余ったままいずれ捨てられます。
PC組み立ての手順で、FDDケーブルの反対刺しやら、IDEケーブルでドライブとHDDの混合接続とか、HDDのマスター/スレーブ切り替え忘れとか、思い込みで「動作不良?」をたびたびやらかしていました。・・・という懐かしさが蘇ります。
ワシが持っているUSB接続の「ニコイチ」や「LAN/USB変更BOX」などのケース内部インターフェイスはIDE接続なので、まだまだ、「うっかり」はなくならないと思います。
http://www.century.co.jp/products/pc/hdd-case/ctw35u2.html
http://www.marshal-no1.jp/products/MAL-0235.html
http://www.iodata.jp/product/hdd/lanhdd/usl-5p/index.htm
最近ではSATAが主流となり、USB転送速度もそれなりに速くなって、簡単接続がありがたいですね。。
マザーボードの付属品だったり、ドライブの付属品を「長い」ものに交換したり、エアフローの効率化などで、初期の「平型」が余っています。
まして、今後はSATA規格のケーブルに変化していくでしょうから、余ったままいずれ捨てられます。
PC組み立ての手順で、FDDケーブルの反対刺しやら、IDEケーブルでドライブとHDDの混合接続とか、HDDのマスター/スレーブ切り替え忘れとか、思い込みで「動作不良?」をたびたびやらかしていました。・・・という懐かしさが蘇ります。
ワシが持っているUSB接続の「ニコイチ」や「LAN/USB変更BOX」などのケース内部インターフェイスはIDE接続なので、まだまだ、「うっかり」はなくならないと思います。
http://www.century.co.jp/products/pc/hdd-case/ctw35u2.html
http://www.marshal-no1.jp/products/MAL-0235.html
http://www.iodata.jp/product/hdd/lanhdd/usl-5p/index.htm
最近ではSATAが主流となり、USB転送速度もそれなりに速くなって、簡単接続がありがたいですね。。
捨てるもの PC用キー ― 2009/05/14
PC移動に伴ってシリーズ、、
フロッピーディスクやMOディスクの保管が不要になってきたので、それらの「ケース」も使わなくなりました。
何が保管されているのかな、、と、ちょっとフロッピーを見てみますが、なにもファイル表示されません。おそらく何代か前のPCのBIOSとかLANボードなどのドライバー、BASIC時代の備忘ファイルなのでしょうが、ドライブがカチャカチャやっているだけのものがほとんどです。MOは割と新しいメディアなので、内容はOKでしたので、ハードディスクにデータは移動しました。
写真のカギは、ケースの引き出し用です。
カギといえば、「EPSON」と見えているものは、「EPSON PC286 VE(VGだったかも)」という、当時のNEC/PC98互換機としてEPSONが出していましたPCの電源キーです。
記憶も定かではありませんが、なんとか286CPU(これはその後386、486、586/Pentiumと移行する)といって、動作クロックも「8MHz」とか「10MHz」程度だったと思います。
で、なぜこのカギがあるかというと、いわゆる初期不良(だと思った)で販売店に修理依頼をしたときに、付け忘れたものです。秋葉原の販売店で通販購入し、3日目で5インチFDDの片方が不良となり、返送したわけですが、2週間経っても連絡無く、音信不通となりました。・・・結局、販売店はこの2週間でつぶれていたわけです。
貸しビルの一室だった販売点に出向き、大家さん(このビルの1階)に頼んで状況を見せてもらいました。まさしくワシのPCが運送箱のまま室内にありました。 大家さんに状況を説明し、運送屋の発送票とか運転免許証を見せても、目の前にあるワシのPCは返してもらえませんでした。・・・「差し押さえられ」状態にあったわけでしょうかね・・・
その後にも何度も大家さんを訪ねて交渉しましたが、理解はしてもらったものの取り戻すには至りませんでした。
でも、当時でもオプション付属セットで20万円超のものでしたから、納得できず、市中の弁護士事務所に相談しました。内容は、裁判で戻る確率は半々(どのみち個人の夜逃げ確認ができないと無理)、費用も調査しないと分からないが20万円では・・・ とのことでしたので、トホホを覚悟しました。
懐かしい思い出でもあり、この事件がトラウマとなって現在の「PC自作/自己責任」のきっかけになっていると思います。
フロッピーディスクやMOディスクの保管が不要になってきたので、それらの「ケース」も使わなくなりました。
何が保管されているのかな、、と、ちょっとフロッピーを見てみますが、なにもファイル表示されません。おそらく何代か前のPCのBIOSとかLANボードなどのドライバー、BASIC時代の備忘ファイルなのでしょうが、ドライブがカチャカチャやっているだけのものがほとんどです。MOは割と新しいメディアなので、内容はOKでしたので、ハードディスクにデータは移動しました。
写真のカギは、ケースの引き出し用です。
カギといえば、「EPSON」と見えているものは、「EPSON PC286 VE(VGだったかも)」という、当時のNEC/PC98互換機としてEPSONが出していましたPCの電源キーです。
記憶も定かではありませんが、なんとか286CPU(これはその後386、486、586/Pentiumと移行する)といって、動作クロックも「8MHz」とか「10MHz」程度だったと思います。
で、なぜこのカギがあるかというと、いわゆる初期不良(だと思った)で販売店に修理依頼をしたときに、付け忘れたものです。秋葉原の販売店で通販購入し、3日目で5インチFDDの片方が不良となり、返送したわけですが、2週間経っても連絡無く、音信不通となりました。・・・結局、販売店はこの2週間でつぶれていたわけです。
貸しビルの一室だった販売点に出向き、大家さん(このビルの1階)に頼んで状況を見せてもらいました。まさしくワシのPCが運送箱のまま室内にありました。 大家さんに状況を説明し、運送屋の発送票とか運転免許証を見せても、目の前にあるワシのPCは返してもらえませんでした。・・・「差し押さえられ」状態にあったわけでしょうかね・・・
その後にも何度も大家さんを訪ねて交渉しましたが、理解はしてもらったものの取り戻すには至りませんでした。
でも、当時でもオプション付属セットで20万円超のものでしたから、納得できず、市中の弁護士事務所に相談しました。内容は、裁判で戻る確率は半々(どのみち個人の夜逃げ確認ができないと無理)、費用も調査しないと分からないが20万円では・・・ とのことでしたので、トホホを覚悟しました。
懐かしい思い出でもあり、この事件がトラウマとなって現在の「PC自作/自己責任」のきっかけになっていると思います。







最近のコメント